イノシシよけのフェンス

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昨日のツアーで、ふと思った事を、えんえんと書いてみました。
まとまりのない文章で、僕の思想的な文章なのであんまりおもしろくないかも。
でも、ちょっと伝えたいことがあったので書いてみました。

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昨日のツアーで、最後にサクラランを探しにいくと、
イノシシよけのフェンスにあたりました。
行きは人が通れるゲートを抜けてきたものの、僕だけ川沿いに帰ったため
(お客様は来た道を戻りました)
フェンスに囲まれてしまったのです。ゲートに行くには距離があります。
飛び越えようと思っても、堅いフェンスと違い柔らかく足もかかりませんし、
針金が飛び出していて、手を掛ける場所さえありません。
視線をそらしてあたりを見ても、ずっとフェンスが走っています。

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ゲートに戻ればすむ話なのですが、
なんだか金網一つで全てが変わってしまったような気がしたのです。
この場所が大好きで、沢山のお客様をここにご案内し、
皆さんに喜んで貰いました。

僕がずっと歩き続けてきた場所です。

ふと、途方もない気持ちになりました。
イノシシも、こんな気分になるのでしょうね。

どこまで行っても、ずっと、ずっと、下に降りることが出来ない。
下流のよどみでカニを食べることが出来なければ、
木の実の実りのないシーズンは、どこに行けばいいのでしょう。

確かにサトウキビを食べる害獣かもしれませんが、
収量が10%も20%も減るほど食い荒らされるものでしょうか。
そんなことはありえません。逆に肉を提供してくれるありがたい存在でもあります。

人は、自然と人の生活にラインをひきたがるようにおもいます。
私たちの生活は、全て自然の恵みをいただいているのになぁ。
私たちの体の65%を占める水分も、海→雲→雨→山→川→海という、
これらのサイクルにその全てを、100%依存をしているわけですよね。

人と自然との境は、海と空の境目のように、「無い」ものなのです。
人間だって自然の一部なのです。
都会化へ都会化へと進むのが「人類」のような風潮がありますが
(習慣、常識、風潮、どんな言葉でもいいです)
私たちが食べているもので、自然からの恵みのないもの、ありますか?
カロリーメイトでさえ、小麦を使っていますよ。
大事なのは、皆が生きること。人が、生き物が、生きることです。

僕の会社を大きくするために、あの会社、邪魔だなぁ…。
映画のワンシーンのような話ですが、こんなこと現実的にしていいことでしょうか?
あの金網は、こういう話じゃないでしょうか。

公共事業で使うお金を、違う方向で使えばいいのです。
山の幸が多ければ、イノシシだって危険をおかして里に下りてきません。
(石垣のイノシシは、本土のそれと違いまだまだ野生で人になれていません)
金網を張るお金を、昭和の時代に植林した松林の伐採と、
かわりに在来のカシの木を植えるのにあてればいいのにと思うのです。
(島の自然に詳しい、海亀研究会の谷崎氏は、火力発電が出来るほどの松が
この島にあると言っていました。)
カシの実は栄養豊富ですから、山が豊になれば、生き物も増えます。
そうすれば、猟の獲物(イノシシ)も増えます。
「自然との共存」とは、こういうことではないでしょうか。
どちらか一方の利益を考えていては、共存とは言えません。

人間は、無くなって初めてその存在の尊さに気づきます。
石垣島は山も海も豊ですから、人々は、それを搾取し続けてしまいます。

僕は幼少期に、大切な遊び場を奪われてしまいました。
家の裏は、1日では廻ることが出来ないような大きな里山でした。
小田急線の柿生駅から鶴川駅の中間にあった、能ヶ谷の森です。
平成狸合戦ぽんぽこの舞台としても知られる多摩丘陵の西の端です。
ある日、学校から帰ってみると、朝まであった山が、
遠く遠くまで見渡せる土の陸になってしまっていました。驚きました。
人は、こんなにも凄いことができるのかと驚き、その場に立ち尽くしてしまいました。
明日からは、もう二度とあの森で遊ぶことは出来ないのかと思うと、
寂しくて仕方有りませんでした。
鳥たちの声も聞こえず、虫たちの姿もなく、木々もありません。
狸やヘビやカエルたちは、どこに行ってしまったのでしょう。
見えるのは、パワーショベルやブルトーザー、大型ダンプがとまる、
昨日まで森だった場所です。
切ない気持ちでした。小学生ながら、反対運動にも参加したりもしましたが、
国は使っていない農地に都市計画法をもって宅地並課税をかけるので、
納税できない人は土地を奪い取られてしまいます。
地主の高齢化も進む中で、土地はどんどん国のものになってしまい、
最後には大手不動産会社が買い取り、
800件もの家がならぶ住宅街になってしまうのです。
新宿、横浜まで30分の好立地です。ヒトにとっては最高の場所なのです。
高校を出た僕は、まるでタヌキのようにその土地を追われて、
この島にたどり着きました。

この仕事をしようとしている時に、お金を貯めようと土木の仕事をしていました。
ある朝行った現場は、ガジュマルの巨木の横を、美しい小川が流れ、
生き物たちの声が息充ち満ちている素晴らしい場所でした。
ですが、その日からの仕事は「この森を全てつぶして牧草地にすること」でした。
けたたましいエンジン音、キャタピラのきしむ音、ディーゼルの匂い…。
土木現場特有の音や匂いには慣れていても、
重機で木を倒すときのメキメキという音と、青臭いに匂いは、心にまで届きます。
子どもの頃に、この手の仕事だけは絶対にやらないぞと誓っていたのに、
お金の為と割り切ってこの現場に来たのです。
現実は、そんなに甘くないぞと自分に言い聞かせながら仕事をしてみたものの
自分自身が、残念でしかたありません。
わずか数時間たらずで、森は土の丘に変わりました。
ダンプを運転しながら、泣いていました。もう無理だ!と思いました。
数日働いて、絶えられなくなって仕事をやめました。
そのわずかながらの稼ぎも、りんぱなの資本金の一部です。

例えば、あれだけ肥沃な土壌があるのですから、森の中に重機で
車1台分通れる道を何本か造り、木々の枝を伐採して光を取り込むようにし、
果樹園を造ったりしたら、牧草地よりも収益は上がるでしょう。
(土木業者に受注させれば職だって継続するでしょう)
小川があるから水だって確保できます。
小川はつぶしてしまいまいたから、牧草に水をまくのには、
パイプをひかなければなりません。
木々を植えたままにしておくのは、水分を地下に貯めておくためです。
人間の毛細血管のように土中に張り巡らされた植物の根は、
ヒトの細胞と水分とを繋げているように、土壌と水分とを密に保ちます。
果樹も、それを吸い上げることが出来るのです。

牧草地に果樹をうえることは出来ません。
おおむね果樹は塩害や強風に弱いものなのです。
でも、森の中に植えてあげれば防風林を植える必要はありません。
互いに風から守り合って生きていく事が出来ます。
人間はいままで巧みに自然を利用して生きてきた歴史があるのですから、
今からもそうすることはできるでしょう。

何一つないところからストイックに自然界で生きていこうと言ってるわけじゃないです。
ちょいと税金の使い道を変えれば、本当に共存は可能だと思うんですね。
イノシシフェンスを見て、改めてそう思いました。

あきら

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